基労補発第0206001号
平成20年2月6日
都道府県労働局
労働基準部長殿
厚生労働省労働基準局
労災補償部補償課長
上司の「いじめ」による精神障害等の業務上外の認定について
業務指導の範囲を逸した上司の「いじめ」による精神障害等については、セクシャルハラスメントと同様に、特に社会的に見て非難されるような場合は原則として評価すべきであるとの「精神障害等の労災認定に係る専門検討会」の報告に基づき制作された平成11年9月14日付基発第544号「心理的負荷による精神障害等に係わる業務上外の判断指針について」(以下「判断指針」という。)により、心理的負荷の強度を総合的に評価しているところであるが、今般、下記1のとおり、労働基準監督署長の不支給決定を取り消す判決等があったところである。
判断指針における具体的出来事に対する心理的負荷の強度の評価において、上司の「いじめ」については、必ずしも統一的な取り扱いとなっていなかったことから、下記2のとおり取りまとめたので、今後の取り扱いに適正を期されたい。
なお、いわゆる「パワーハラスメント」は定義として確立したものはないことから、本通達においては、「精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書」にいう「いじめ」取り扱いを示したものであることに留意すること。
記
1 判決等の概要及び名古屋高裁判決と判断指針との整合性
(1)(1)判決等の概要
ァ 名古屋高裁判決(平成19年10月31日)
原告の亡夫(以下「A」という。)は、会社の主任(平成11年8月昇進)として勤務していたものであるが、平成11年11月に自殺した。
Aの主任への昇格は、担当業務は難易度が高く、量的にも内容的にも過大であり、通常の「昇格」よりは騒動程度心理的負荷が強く、また、上司B(以下「B」という。)の感情的な叱責等は何ら合理的理由のない単なる厳しい指導の範ちゅうを超えた、いわゆるパワーハラスメントとも評価されるものであり、相当程度心理的負荷の強い出来事と評価するべきであり、業務とAのうつ病との間には相当因果関係が認められる。
イ 東京地裁判決(平成19年10月15日)
原告の亡夫C(以下「C」という。)は、発症に先立つ平成14年秋ごろから、上司Dの悪感情を混じえた人格までも否定するような言動により、社会通念上、客観的にみて精神疾患を発症させる程度に過重な心理的負荷を受けており、他に業務外の心理的負荷やCの個体側の脆弱性も認められないことからすれば、Cは、業務に内在し随伴する危険が現実化したものとして、精神疾患を発症したと認めるのが相当である。
ウ 労働保険審査会裁決(平成19年10月15日)
本件配置転換による、業務内容、業務量の変化が請求人の亡子Eに与えた影響は大きく、時間外労働時間の増加に加え、上司Fの叱責、指導は毎日のように行われ、しかも来客のいる前においても容赦なく行っていたことは、いわゆるパワーハラスメントを受けている状況であったことから、業務に関連する出来事に伴う心理的負荷が有力な原因となって、精神障害を発病したものである。
(2)(2)名古屋高裁判決の事実認定・評価を前提として判断指針との整合性
上記判決等のうち、名古屋高裁判決は、@Aの主任昇格、ABの叱責等
の行為、BAの担当業務、を業務上の心理的負荷を与える出来事として並列して認められるとしているが、Bは@の主任昇格に伴ってAに生じた変化として配慮すべきであり、出来事と評価できるのは、@Aの主任昇格、ABの叱責等の行為である。このうち、ABの叱責等を判断指針に当てはめると次のとおりである。
ァ 具体的出来事は、「上司とのトラブルがあった」に該当し、その平均的な心理的負荷の強度は「U」である。本件トラブルを「いじめの内容・程度等」の視点から判断すると、BはAに対してのみ、8月に「目障りだから、そんなちゃらちゃらした物を着けるな。指輪を外せ。」等の発言で、結婚指輪を外すように命じたことが認められる。これが、何ら合理的理由のない単なる厳しい指導の範ちゅうを超えた、Aの人格、人間性を否定するような言動と評価されるものであり、相当程度の心理的負荷を生じさせたと評価でき、心理的負荷の強度「U」を「V」に修正することが可能なものと判断される。
イ 出来事に伴う変化を評価する視点
(ア)結婚指輪の発言は9月にもあり、また、9月には「主任失格」、「おまえなんか、いてもいなくても同じだ。」との発言があり、大きな心理的負荷となった。
(イ)会社からの支援は特に見当たらない。
(ウ)(ア)及び(イ)から、「相当程度過重」と評価できる。
ウ 総合評価
「強」と判断できるものである。
2 上司の「いじめ」の評価等
(1)(1)上司の「いじめ」の評価の方法
ア 「いじめ」の内容・程度が業務指導の範囲を逸脱し、被災労働者の人格や人間性を否定するような言動(以下「ひどいいじめ」という。)と求められる場合は、心理的負荷の強度が「V」に該当するものである。
上司の「いじめ」は、判断指針別表1「職場における心理的負荷評価表」(以下「別表1」という。)の「(1)平均的な心理的負荷の強度」の欄の具体的出来事のうち「上司とのトラブルがあった」(心理的負荷の強度(U))に該当する出来事であり、客観的に「いじめ」と認められるに至った時を出来事の発生時期とし、その内容・程度が「ひどいいじめ」に該当する場合は、別表1の「(2)心理的負荷の強度を修正する視点」により心理的負荷の強度を「V」に修正すること。
イ 別表1の「(3)出来事に伴う変化等を検討する視点」(以下「出来事に伴う変化等」という。)の評価は、「いじめ」の繰り返しの程度及び会社の講じた支援の状況等により、「相当程度過重」又は「特に過重」苦い等するか否かを判断すること。
(2)(2)上司の「いじめ」意外に具体的出来事が認められる場合の取り扱い
「いじめ」は継続して行われることが多いため、本判決のように、精神
障害の発病に関与したと求められる出来事が、「上司とのトラブルがあった」(心理的負荷の強度「U」)意外にも認められる場合がある。この場合には、他の複数の出来事が認められる場合と同様、それぞれの出来事による心理的負荷を個々に評価した上で、心理的負荷の強度を総合的に評価すること。また、心理的負荷の強度を総合的に評価するにあたっては、次のア〜ウに留意すること。
ア 「ひどいいじめ」は原則として心理的負荷の強度が「V」に該当することから、それ以外の出来事が認められたとしても、総合的評価として、心理的負荷の強度は「V」を超えるものではないこと。
イ 心理的負荷の強度「U」に該当する出来事が複数認められる場合には、心理的負荷の強度「V」は「人生の中でまれに経験することもある強い心理的ふけ」に相当するものであるということを十分に理解したうえで、地方労災医員協議会精神障害等専門部会における合議等によって心理的負荷の強度を総合的に評価すること。
@
心理的ふけの強打が「U」に該当する出来事に心理的負荷の強度が「T」の出来事が加わったとしても、心理的負荷の強度「T」は「U日常的に経験する心理的負荷で一般的に問題とならない程度の心理的負荷」であることから、総合的に評価をしても、一般的には心理的負荷の強度「U」が変更されるものではないこと
A
心理的負荷の強度が「U」に該当する出来事が複数である場合であっても、直ちに心理的負荷の強度を「V」に変更することにはならないこと
ウ 上記ア、イにより心理的負荷の強度を評価した後の「出来事に伴う変化等」の評価については、出来事ごとに行うのではなく、後発の出来事が発生した以後における先発及び後発の出来事後の状況を総合して判断すること。